肘内側側副靱帯損傷(UCL損傷)

肘内側側副靱帯損傷(UCL損傷)

肘内側側副靱帯損傷について

肘内側側副靱帯損傷は、肘の内側を支えている「内側側副靱帯」が傷つき、投球時の痛みや肘の不安定感を生じる病気です。
肘の内側側副靱帯は「尺側側副靱帯」「UCL」と呼ばれることもあります。
肘関節は、上腕骨、尺骨、橈骨という3本の骨によって構成されています。
日常生活では比較的安定した関節ですが、野球の投球などで腕を高速に振る際には、肘の内側を引き離すような強い力が加わります。
内側側副靱帯は、この力に抵抗し、肘が外側へ開きすぎないように支えています。
投球を繰り返すことで靱帯に小さな損傷が蓄積すると、靱帯が徐々に伸びたり、部分断裂や完全断裂を起こしたりします。
一球を投げた瞬間に突然断裂する場合や、転倒・肘関節脱臼などの外傷によって損傷する場合もあります。
症状は投球時の肘内側痛、球速やコントロールの低下、不安定感などです。
日常生活ではほとんど症状がなく、強い投球やオーバーヘッド動作を行ったときだけ痛むこともあります。
治療は、損傷の程度、年齢、競技レベル、ポジション、今後も投球競技を続けるかどうかなどを考慮して決定します。

肘内側側副靱帯の構造と役割

肘の内側側副靱帯は、上腕骨の内側上顆から尺骨へ向かって走る強い靱帯です。
主に次の3つの線維から構成されています。

前斜走線維

肘の内側を安定させるうえで、最も重要な部分です。
投球時に肘が外側へ開こうとする力に抵抗します。
肘の角度に応じて靱帯の張力が変わり、広い範囲で肘の安定性を保ちます。
投球障害では、この前斜走線維が損傷することが多くあります。

後斜走線維

肘の後内側を支える部分です。
肘を深く曲げた際の安定性に関係します。

横走線維

尺骨から尺骨へ走る線維です。
肘の安定性に対する役割は、前斜走線維と比べると小さいと考えられています。

投球時に靱帯へ負担がかかる理由

投球動作では、下半身、体幹、肩、肘、手へと順番に力が伝わり、ボールを加速させます。
腕を後方へ引き、前方へ振り出す直前の段階では、肘の内側を引き離すような外反力が加わります。
この力に対して、内側側副靱帯と屈筋・回内筋群が肘を支えます。
投球数が多い、十分な休養がない、疲労によってフォームが崩れているなどの状態では、靱帯が回復する前に次の負荷が加わります。
小さな損傷が繰り返されると、靱帯が徐々に変性し、緩みや部分断裂につながります。
さらに投球を続けると、完全断裂へ進行する可能性があります。
肩、肩甲骨、体幹、股関節などが十分に使えていない場合にも、肘へ負担が集中します。

肘内側側副靱帯損傷の種類

急性損傷

一球を投げた瞬間や、転倒・脱臼などをきっかけとして、靱帯が急に損傷した状態です。
投球時に「ブチッ」「プチッ」と音や断裂感があり、肘の内側に鋭い痛みが現れることがあります。
直後から投球を続けられなくなる場合があります。

慢性損傷

繰り返す投球によって、靱帯に微細損傷や変性が徐々に蓄積した状態です。
最初は多く投げた後や、強く投げたときだけ痛みます。
進行すると少ない投球数でも痛み、球速やコントロールが低下することがあります。

部分断裂

靱帯の一部が裂けていますが、連続性がある程度保たれている状態です。
損傷部位や靱帯の質によっては、投球休止とリハビリテーションによる改善が期待できます。
一方、保存療法で痛みや不安定感が残る場合には、手術を検討することがあります。

完全断裂

靱帯の連続性が失われた状態です。
強い投球を続ける競技者では、保存療法だけで競技レベルまで復帰することが難しい場合があります。
ただし、完全断裂であっても、投球競技を続けない方や日常生活に支障がない方では、必ずしも手術が必要とは限りません。

肘内側側副靱帯損傷の原因

繰り返す投球動作

最も代表的な原因です。
野球の投手だけでなく、捕手、内野手、外野手など、強い送球を繰り返す選手にも起こります。
野球以外では、ソフトボール、やり投げ、テニス、バレーボールなどのオーバーヘッド競技で発症することがあります。

投球数の増加

試合、練習、ブルペン、キャッチボール、自主練習などを含めた総投球量が多いと、靱帯の回復が追いつかなくなることがあります。
複数のチームで活動している場合には、それぞれの指導者が総投球量を把握できていないこともあります。

休養不足

連日の登板や年間を通した投球によって休養が少ないと、靱帯に小さな損傷が蓄積します。
大会や選考会などが続き、オフシーズンにも強い投球を続ける場合は注意が必要です。

疲労した状態での投球

疲労すると下半身や体幹、肩甲骨を十分に使えなくなり、肘へ負担が集中します。
球速やコントロールが落ちている状態で無理に投げ続けると、損傷の危険性が高くなります。

投球フォームや身体機能の問題

肘が下がる、身体の開きが早い、体幹から腕へ力をうまく伝えられないなどの状態では、肘の内側へ負担が集中することがあります。
肩関節の可動域制限、肩甲骨周囲の筋力低下、股関節の硬さ、体幹機能の低下なども関係します。

転倒・肘関節脱臼

手をついて転倒した際や、肘関節脱臼を起こした際に、内側側副靱帯が急に引き伸ばされて損傷することがあります。
スポーツ中の接触や交通事故などによっても起こります。

肘後方の骨棘など

投球を長期間続けている選手では、肘後方に骨棘が形成されることがあります。
骨棘による後方インピンジメントと内側側副靱帯損傷が同時に存在することがあります。
骨棘だけを切除すると靱帯への負担が変化する可能性があるため、肘全体の安定性を評価する必要があります。

成長期の選手における注意点

成長期では、内側側副靱帯よりも、靱帯が付着する上腕骨内側上顆の成長軟骨や骨の方が弱い場合があります。
そのため、成人では靱帯損傷が起こるような投球負荷でも、子どもでは成長軟骨障害や骨片の剥離が起こることがあります。
小学生・中学生の肘内側痛を、成人と同じ内側側副靱帯損傷として扱うことはできません。
成長期では、次のような病気を確認する必要があります。
・内側上顆の成長軟骨障害
・内側上顆裂離骨折
・内側上顆の分離
・上腕骨小頭離断性骨軟骨炎
・尺骨神経障害
・屈筋・回内筋群の障害
年齢と骨の成長段階に応じて、X線検査や超音波検査などで評価します。

主な症状

投球時の肘内側痛

最も代表的な症状です。
ボールを投げる際、特に腕を後方から前方へ振り出す局面で肘の内側が痛みます。
初期には全力投球や投球数が増えたときだけ痛むことがあります。
進行すると軽いキャッチボールや少ない投球数でも痛みが現れます。

投球後の痛み

投球中はそれほど痛くなくても、投球後や翌日に肘の内側が痛む場合があります。
痛みが翌日まで残る、投げるたびに同じ場所が痛む場合には、早めの評価が必要です。

球速の低下

靱帯が痛む、または肘が不安定になることで、十分な力をボールへ伝えられなくなります。
以前と同じように投げているつもりでも、球速が落ちることがあります。

コントロールの低下

肘の痛みや不安定感によって投球フォームが変化し、コントロールが乱れることがあります。
ボールが高めへ抜ける、投球が安定しないといった変化が現れる場合があります。

肘の不安定感

投球時に肘が外側へ開く、抜ける、ぐらつくように感じることがあります。
実際の不安定性が軽くても、痛みによって不安感を覚える場合があります。

一球で起こる鋭い痛み

急性断裂では、一球を投げた瞬間に肘内側へ鋭い痛みが走ります。
音や断裂感を伴い、その後は投球を続けられないことがあります。
このような場合には、すぐに投球を中止してください。

小指・環指のしびれ

内側側副靱帯のすぐ近くには尺骨神経が通っています。
投球による牽引や肘の不安定性によって尺骨神経が刺激されると、小指と環指の一部にしびれや電気が走るような感覚が現れます。
しびれ、握力低下、指の動かしにくさがある場合には、尺骨神経障害を合併している可能性があります。

日常生活では症状がないこともある

慢性の内側側副靱帯損傷では、食事、着替え、パソコン作業などの日常生活に支障がないことがあります。
投球や強いオーバーヘッド動作のときだけ症状が出るため、日常生活で痛くないことを理由に投球を続けると、損傷が進行する可能性があります。

肘内側側副靱帯損傷の経過

軽度の損傷や部分断裂では、投球を休止し、適切なリハビリテーションを行うことで改善することがあります。
痛みがなくなった後も、前腕、肩、肩甲骨、体幹、股関節などを含めて身体機能を整え、段階的に投球へ復帰します。
一方、靱帯の変性が強い場合、完全断裂がある場合、投球を再開すると痛みが繰り返す場合には、保存療法だけで競技レベルへ戻ることが難しい場合があります。
損傷した靱帯の状態だけでなく、競技レベル、ポジション、今後の競技希望などを踏まえて手術の必要性を判断します。
内側側副靱帯損傷を放置して投球を続けると、肘の後方に骨棘が形成されたり、尺骨神経障害を起こしたりすることがあります。

ほかの病気との違い

上腕骨内側上顆炎との違い

上腕骨内側上顆炎は、肘内側に付着する屈筋・回内筋群の腱が障害された状態です。
握る、手首を曲げる、前腕をひねる動作で痛みが出やすいことが特徴です。
内側側副靱帯損傷では、投球などで肘の内側を開く力が加わった際に痛みが現れます。
両方とも肘内側が痛むため、圧痛の場所、疼痛誘発検査、超音波検査、MRI検査などから判断します。
両者を同時に発症する場合もあります。

肘部管症候群との違い

肘部管症候群は、肘の内側を通る尺骨神経が圧迫・牽引される病気です。
小指・環指のしびれ、指の開閉のしにくさ、握力低下などが主な症状です。
内側側副靱帯損傷でも尺骨神経が刺激されることがあります。
肘内側痛にしびれを伴う場合には、靱帯と神経の両方を評価します。

成長期の野球肘との違い

成長期の肘内側痛では、靱帯そのものではなく、内側上顆の成長軟骨や骨が傷んでいることがあります。
成人と同じ治療を行うのではなく、骨の成長段階と画像所見を確認する必要があります。
成長期の選手が肘を痛がっている場合には、痛みを我慢して投球を続けず、早めに受診してください。

高輪ゲートウェイ駅前整形外科クリニックで行う検査

問診

年齢、競技、ポジション、投球量、症状の出る時期などを確認します。
主に次のような点についてお伺いします。
・いつから痛みがあるか
・一球で急に痛くなったか、徐々に痛くなったか
・投球動作のどの段階で痛むか
・投球中、投球後、翌日のどの時点で痛むか
・球速やコントロールが低下していないか
・肘が不安定に感じるか
・小指や環指にしびれがあるか
・週に何日、何球程度投げているか
・試合、ブルペン、自主練習を含めた投球量
・投手と捕手を兼任していないか
・複数のチームで活動していないか
・大会や選考会に向けて投球量が増えていないか
・過去にも肘を痛めたことがあるか
・今後どのレベルで競技を続けたいか
治療方針を決定するうえで、競技継続の希望や目標を確認することも重要です。

視診・触診

肘の腫れ、変形、左右差、筋肉の状態などを確認します。
内側側副靱帯が付着する上腕骨内側上顆から尺骨にかけて触診し、圧痛の場所を確認します。
屈筋・回内筋群、尺骨神経、肘頭なども触診し、ほかの障害を合併していないかを評価します。

関節可動域検査

肘の曲げ伸ばし、手のひらを上・下へ向ける動きを確認します。
左右差、伸展制限、投球後の可動域低下などを評価します。
肩関節の可動域も確認し、投球側の肩が硬くなっていないかを調べます。

外反ストレステスト

肘の内側を開く方向へ慎重に力を加え、痛みや不安定感が現れるかを確認します。
反対側の肘と比較して、関節の開きや症状に違いがないかを評価します。
急性期や強い痛みがある場合には、無理に強い力を加えません。

Moving valgus stress test

投球動作に近い状態で肘へ外反力を加えながら、肘を曲げ伸ばしします。
特定の角度で肘内側の痛みが再現されるかを確認します。

Milking maneuver

親指を引くなどの方法で、肘内側へ外反力を加え、靱帯部に痛みや不安定感が現れるかを確認します。
これらの検査だけで診断するのではなく、問診、圧痛、画像検査などを組み合わせて判断します。

屈筋・回内筋群の検査

手首を曲げる、前腕を回内する動きに抵抗を加え、肘内側に痛みが出るかを確認します。
屈筋・回内筋群の腱障害と内側側副靱帯損傷を区別する手がかりとなります。

神経学的検査

小指・環指の感覚、指を開閉する力、つまむ力、握力などを確認します。
肘の内側を軽くたたき、指先へしびれが響くかを調べます。
肘を曲げた際に尺骨神経が内側上顆を乗り越えてずれないかを確認することもあります。

X線検査

内側側副靱帯はX線には直接写りません。
X線検査では、次のような骨の異常や合併障害を確認します。
・成長軟骨の障害
・内側上顆の骨片や裂離骨折
・靱帯付着部の石灰化
・骨棘
・肘後方の衝突
・肘頭疲労骨折
・離断性骨軟骨炎
・関節内遊離体
・変形性肘関節症
・過去の骨折や脱臼による変形
成長期では、反対側と比較して撮影することがあります。
X線で異常がなくても、内側側副靱帯損傷を否定することはできません。

超音波検査

超音波検査では、内側側副靱帯を直接観察できます。
次のような状態を確認します。
・靱帯の肥厚
・靱帯線維の乱れ
・部分断裂
・完全断裂の可能性
・靱帯付着部の骨変化
・屈筋・回内筋群の腱障害
・尺骨神経の腫れや不安定性
・関節液の貯留
肘へ外反ストレスを加えながら、上腕骨と尺骨の間がどの程度開くかを動的に評価することもあります。
反対側と比較し、損傷側だけ関節の開きが大きくならないかを確認します。
超音波検査は診察室で動かしながら確認できる利点がありますが、靱帯の深部や損傷範囲をすべて評価できるとは限りません。
必要に応じてMRI検査を組み合わせます。

MRI検査・MR関節造影

MRI検査では、内側側副靱帯の損傷部位、損傷範囲、部分断裂・完全断裂などを詳しく確認できます。
屈筋・回内筋群、関節軟骨、骨内部の変化、尺骨神経周囲なども評価します。
次のような場合にMRI検査を検討します。
・内側側副靱帯損傷が疑われる
・保存療法を行っても投球時痛が続く
・完全断裂や大きな部分断裂が疑われる
・超音波検査だけでは損傷を判断しにくい
・投球復帰の判断に詳しい評価が必要である
・手術治療を検討している
・ほかの靱帯・腱・軟骨障害が疑われる
小さな部分断裂を詳しく確認するため、関節内へ造影剤を注入して撮影するMR関節造影を行うことがあります。
当院にはMRI装置は設置しておりません。
MRI検査が必要と判断した場合には、提携医療機関をご案内し、そちらで撮影を受けていただきます。

CT検査

CT検査は、内側側副靱帯そのものを評価する中心的な検査ではありません。
骨片、骨棘、関節内遊離体、疲労骨折、骨の変形などを詳しく確認する必要がある場合に検討します。
CT検査が必要と判断した場合には、対応可能な医療機関をご案内します。

肘内側側副靱帯損傷に対する治療

治療方法は、損傷の程度、症状、年齢、競技レベル、ポジション、今後も投球競技を続けるかどうかによって異なります。
投球を続ける希望がない場合や、日常生活に支障がない場合には、完全断裂であっても保存療法を選択できることがあります。
一方、高い競技レベルで投球を続ける選手では、軽度の損傷でも競技への影響が大きくなる場合があります。

保存療法

投球・オーバーヘッド動作の休止
投球時に痛みがある場合には、まず投球を中止します。
全力投球だけでなく、キャッチボール、遠投、ブルペン、強い送球も靱帯へ負担をかけます。
痛み止めやテーピングで症状を隠しながら投げ続けることは避けてください。
損傷の程度に応じて、一定期間投球を休止し、再診察や画像検査で状態を確認します。
日常生活・トレーニングの調整
日常生活で痛みがない場合でも、次のような運動は靱帯へ負担をかける可能性があります。
・強いオーバーヘッド動作
・重い物を腕から離して持つ
・高負荷のプレス運動
・痛みを伴う腕立て伏せ
・投球フォームを何度も繰り返すシャドーピッチング
下肢や体幹のトレーニングは、肘に負担をかけない範囲で行えることがあります。
一時的な固定・装具療法
急性損傷や痛みが強い場合には、シーネやヒンジ付き肘装具などで一時的に肘を保護することがあります。
長期間固定すると肘関節が固くなり、筋力も低下します。
固定期間や動かせる角度は、損傷の程度に応じて決定します。
薬物療法
痛みや炎症に対して、消炎鎮痛薬や外用薬などを使用することがあります。
薬物療法は症状を軽減するための治療であり、断裂した靱帯を直接元どおりにするものではありません。
痛みが軽くなっても、自己判断で投球を再開しないでください。
ステロイド注射について
内側側副靱帯損傷に対するステロイド注射は、一般的な治療ではありません。
ステロイドは痛みを一時的に軽減する可能性がありますが、靱帯組織の修復を妨げたり、組織を弱くしたりする可能性があります。
特に部分断裂へ安易に繰り返し注射を行うことは避けます。

PRP療法

部分断裂など一部の内側側副靱帯損傷に対して、PRP療法を検討することがあります。
PRP療法は、患者さまご自身の血液から血小板を多く含む成分を抽出し、損傷部周囲へ注射する治療です。
血小板に含まれる成長因子などを利用し、組織が修復する環境を整えることを目的とします。
PRP療法は保険適用外の自費診療です。
内側側副靱帯損傷に対するPRP療法の報告はありますが、すべての部分断裂で有効性が確立されているわけではありません。
次のような場合には、PRP療法だけでの改善が難しい可能性があります。
・完全断裂
・靱帯の変性が強い
・肘の不安定性が大きい
・靱帯付着部から大きく剥がれている
・骨片や骨軟骨障害を伴っている
・尺骨神経障害が進行している
PRP療法を行う場合も、投球休止とリハビリテーションが必要です。
注射後すぐに投球できる治療ではありません。
症状、損傷部位、MRI・超音波所見、競技レベルなどを確認し、期待できる効果と限界をご説明したうえで適応を慎重に判断します。

PRP療法について詳しくはコチラ

理学療法・リハビリテーション

内側側副靱帯損傷では、靱帯だけでなく、投球に関係する全身の機能を整えることが重要です。
当院では、理学療法士が肘、前腕、肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢の状態や投球動作を評価し、一人ひとりに合わせてリハビリテーションを行います。
痛み・腫れの管理
急性期には投球を中止し、痛みや腫れが強くならないようにします。
必要に応じて冷却や装具を使用します。
痛みが強い時期に靱帯へ外反力が加わる運動は行いません。
肘関節可動域訓練
肘が固くならないよう、医師の指示に従って曲げ伸ばしを行います。
靱帯を保護する必要がある時期には、動かせる範囲が制限される場合があります。
反対の手や他人の力で肘を強く外側へ開くような動作は避けます。
屈筋・回内筋群のトレーニング
屈筋・回内筋群は、内側側副靱帯を補助して肘を安定させる働きがあります。
症状が落ち着いてから、手首を曲げる筋肉や前腕を回内する筋肉を軽い負荷で鍛えます。
痛みやしびれが強くならないことを確認し、徐々に負荷を増やします。
前腕・握力のトレーニング
ボールを握る、手首を安定させるために必要な前腕筋力を回復させます。
最初から強く握り込まず、軽い負荷から開始します。
肩関節の柔軟性改善
肩関節の内旋制限や後方組織の硬さがある場合、投球時に肘へ負担が集中することがあります。
肩の状態を確認し、必要な柔軟性を整えます。
無理に強く伸ばすのではなく、現在の状態に合った方法で行います。
腱板・肩甲骨周囲筋のトレーニング
肩の安定性が低いと、肘だけでボールを加速させる動作になりやすくなります。
腱板や肩甲骨周囲の筋肉を整え、肩から腕へ効率よく力を伝えられる状態を目指します。
体幹・股関節・下肢のトレーニング
投球は全身運動です。
股関節や下肢で生み出した力を、体幹から肩、肘、手へ伝えます。
下半身や体幹が十分に使えないと、腕だけで強く投げる動作になり、肘への負担が増えます。
投球を休止している期間も、肘へ負担をかけない範囲で下肢と体幹のトレーニングを行います。
投球フォームの確認
靱帯の圧痛や疼痛誘発検査が改善し、必要な筋力と可動域が回復した後に、投球フォームを確認します。
次のような点を評価します。
・下半身から体幹へ力を伝えられているか
・身体の開きが早くないか
・肘が過度に下がっていないか
・肩甲骨が適切に動いているか
・踏み込み脚で身体を支えられているか
・疲労後にフォームが崩れていないか
フォーム修正だけで断裂した靱帯が治るわけではありませんが、再発予防と負荷軽減に重要です。
段階的な投球復帰
投球復帰は、痛みがなくなったことだけでは開始しません。
次のような点を確認します。
・日常生活で痛みがない
・靱帯部の圧痛がない
・肘の腫れがない
・肘と肩の可動域が回復している
・外反ストレステストで痛みや不安定感がない
・前腕、肩、体幹、下肢の筋力が回復している
・小指・環指のしびれがない
・医師から投球再開の許可が出ている
投球は、短い距離、少ない回数、低い強度から開始します。
痛みがないからといって、最初から全力投球や遠投を行ってはいけません。
距離、投球数、強度、投球間隔を段階的に増やします。
投球中、投球後、翌日に肘内側の痛みや腫れが現れた場合には、投球を中止して再評価します。

手術治療・専門医療機関への紹介

次のような場合には、手術治療を検討します。
・十分な保存療法を行っても投球時痛が続く
・投球を再開すると痛みが繰り返す
・完全断裂がある
・大きな部分断裂や強い不安定性がある
・高い競技レベルで投球を続ける必要がある
・球速やコントロールが回復しない
・日常生活や仕事でも肘が不安定である
・骨片、骨棘、遊離体などの合併障害がある
・尺骨神経障害を伴っている

手術後のリハビリテーション

手術後は、修復・再建した靱帯を保護するためにシーネやヒンジ付き装具を使用します。
手術方法と術後経過に合わせて、肘の可動域を段階的に広げます。
その後、前腕、肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢の筋力トレーニングを進めます。
投球再開は、手術部位が十分に修復し、必要な可動域と筋力が回復した後に開始します。
距離、回数、強度を管理した段階的投球プログラムを行い、症状が再発しないことを確認します。
自己判断で早期に投球を再開すると、修復部や移植腱を傷める可能性があります。
再建術後の競技復帰には一般的に長期間を要し、1年以上かかる場合があります。
復帰時期は期間だけではなく、靱帯の状態、可動域、筋力、投球内容などを確認して判断します。

予防のために

投球数・登板間隔を守る

年齢や競技団体が定めた投球数と登板間隔を守ります。
試合だけでなく、練習、ブルペン、キャッチボール、自主練習を含めた総投球量を管理します。

疲労した状態で投げない

球速やコントロールが低下した、フォームが崩れた、腕が重いと感じる場合には、投球を中止します。

痛みを我慢しない

投球時の肘内側痛は、靱帯や周囲組織へ負担がかかっているサインです。
大会前であっても、痛み止めやテーピングでごまかして投げ続けないでください。

投手と捕手の連続兼任を避ける

投手として投げた後に捕手を担当すると、返球を含めた投球量が増えます。
肘を休ませるポジションや期間を設けることが重要です。

オフシーズンを設ける

年間を通して強い投球を続けず、投球を休む期間を設けます。
休止中は、肘へ負担をかけない方法で体幹や下肢などの基礎体力を整えます。

全身の柔軟性と筋力を整える

肩、肩甲骨、胸椎、体幹、股関節、下肢の機能を維持し、腕だけに負担が集中しない投球動作を目指します。

自宅でのセルフケア

投球時に肘内側が痛む場合には、まず投球を中止してください。
痛みを確認するために何度もボールを投げたり、強い外反ストレスを加えたりしないでください。
日常生活では、次の点に注意します。
・キャッチボールや遠投を控える
・痛みがある状態でシャドーピッチングを繰り返さない
・強いオーバーヘッド動作を避ける
・重い物を腕から離して持たない
・痛み止めを使用して投球を続けない
・肘内側を強く揉まない
・自己判断で強いストレッチを行わない
・小指・環指のしびれがある場合は肘内側を圧迫しない
・主治医の許可なく投球を再開しない
投球後に痛みや熱感がある場合には、タオルで包んだ保冷剤を短時間当てると症状が軽くなることがあります。
冷却だけで損傷した靱帯が修復されるわけではありません。
痛みが軽くなっても、投球時痛を繰り返す場合には受診してください。

肘内側側副靱帯損傷でお悩みの方へ

次のような症状がある場合は、早めにご相談ください。
・投球時に肘の内側が痛む
・投球後や翌日まで痛みが残る
・強く投げると痛む
・球速が低下した
・コントロールが悪くなった
・肘が外側へ開くように感じる
・投球を休むと改善するが、再開すると痛みが戻る
・軽いキャッチボールでも痛む
・小指や環指にしびれがある
・過去にも肘内側痛を繰り返している
特に、次のような症状がある場合には、大きな靱帯損傷や神経障害が疑われます。
・一球を投げた瞬間に鋭い痛みが走った
・肘で音や断裂感があった
・直後から投球できなくなった
・肘が明らかに不安定である
・小指・環指のしびれが続いている
・指を開閉しにくい
・握力やつまむ力が低下している
・手の筋肉が痩せてきた
・保存療法を続けても改善しない
転倒や接触後に肘が変形している、強く腫れている、手が冷たい・白い・青紫色になっている、指を動かせない場合には、骨折、脱臼、神経・血管損傷の可能性があります。
腕を無理に動かさず、速やかに救急医療機関を受診してください。
当院では、問診、身体検査、神経学的検査、X線検査、超音波検査などによって、内側側副靱帯、屈筋・回内筋群、尺骨神経、骨・軟骨の状態を評価します。
MRI検査、MR関節造影、CT検査、神経伝導検査、手術を含めた専門的な治療が必要な場合には、提携医療機関やスポーツ整形外科、肘関節・上肢外科を専門とする医療機関と連携して対応します。
投球休止中も、肘だけでなく肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢のリハビリテーションを行い、段階的な競技復帰を支援します。

監修:高輪ゲートウェイ駅前整形外科クリニック 院長 松﨑 時夫