野球肘

野球肘

野球肘について

野球肘は、投球動作を繰り返すことによって肘に負担がかかり、骨、軟骨、成長軟骨、靱帯、腱、神経などに障害が起こる状態の総称です。
一つの病気を指す名称ではなく、障害が起こる場所によって、主に「内側型」「外側型」「後方型」に分けられます。
成長期の子どもでは、骨や成長軟骨がまだ十分に成熟していません。そのため、成人であれば靱帯や腱に負担が集中するような投球でも、成長期には骨や軟骨が傷つくことがあります。
高校生以降や成人では、内側側副靱帯、屈筋・回内筋群、尺骨神経などの障害が多くなります。
野球肘は投手だけに起こるものではありません。捕手の返球、内野手や外野手の送球などを繰り返す選手にも発症します。
初期には、投球後の軽い痛みや違和感だけの場合があります。しかし、痛みを我慢して投球を続けると、骨や軟骨の損傷が進行し、長期間の投球中止や手術が必要になることがあります。
特に外側型野球肘に含まれる離断性骨軟骨炎は、初期には痛みが目立たないことがあります。肘の曲げ伸ばしに左右差がある場合や、過去に肘痛を繰り返している場合には、症状が軽くても早めの評価が重要です。

投球時に肘へ加わる力

投球動作では、下半身や体幹から生み出された力が、肩、肘、手を通じてボールへ伝わります。
この過程で肘には、曲げる力、伸ばす力、ひねる力が繰り返し加わります。
特にボールを加速させる局面では、肘の内側を引き離すような力が加わります。
このとき、肘の内側では成長軟骨、靱帯、腱が引っ張られます。同時に、肘の外側では上腕骨小頭と橈骨頭が強く押し合います。
ボールを離して肘を伸ばす局面では、肘の後方にある肘頭と上腕骨がぶつかるような力が加わります。
そのため、投球による障害は肘の内側だけでなく、外側や後方にも起こります。

野球肘の主な種類

内側型野球肘

内側型は、投球によって肘の内側が繰り返し引っ張られることで起こります。
成長期では、上腕骨内側上顆の成長軟骨(上腕骨内側上顆骨端核障害)や骨が傷つくことがあります。
高校生以降や成人では、内側側副靱帯や屈筋・回内筋群の腱が損傷することがあります。
また、肘の内側を通る尺骨神経が刺激され、小指・環指のしびれを伴う場合もあります。

外側型野球肘

外側型は、投球時に上腕骨小頭と橈骨頭が繰り返し衝突し、骨や関節軟骨が傷つくことで起こります。
代表的な病気が、上腕骨小頭の離断性骨軟骨炎です。
初期には軽い痛みや違和感だけの場合がありますが、進行すると骨軟骨片が剥がれ、関節内遊離体となることがあります。
肘の引っかかり、可動域制限、ロッキングを伴う場合には、病変が進行している可能性があります。

後方型野球肘

後方型は、投球時に肘を繰り返し強く伸ばすことで、肘頭と上腕骨の後方が衝突して起こります。
成長期では肘頭の成長軟骨障害、年齢が上がると肘頭疲労骨折、骨棘、後方インピンジメントなどが起こることがあります。
肘を伸ばし切った際の後方痛や、投球後の痛みが特徴です。

成長期に多い内側型野球肘

成長期の内側型野球肘では、上腕骨内側上顆の成長軟骨や、その周囲の骨・軟骨に障害が起こります。
「リトルリーガーズ・エルボー」と呼ばれることもあります。
成長期の成長軟骨は、靱帯よりも弱い場合があります。そのため、投球による引っ張る力が加わると、靱帯が切れる前に成長軟骨が開いたり、骨の一部が剥がれたりすることがあります。
初期には、投球時や投球後の肘内側痛が中心です。
負担が続くと、成長軟骨の離開、骨片の分離、内側上顆の変形などへ進行する可能性があります。
成長が終了した選手の内側痛とは病態が異なるため、小児の肘内側痛を成人の「ゴルフ肘」と同じものとして扱わないことが重要です。

内側側副靱帯損傷(UCL損傷)

内側側副靱帯は、肘の内側を安定させる重要な靱帯です。肘関節の内側にある「尺側側副靱帯(Ulnar Collateral Ligament)」の損傷であり、UCL損傷とも言われています。
大リーグの投手で、大谷翔平投手、田中将大投手など多くの日本人投手もこの損傷に悩まされています。
UCLは投球時に肘が外側へ開こうとする力に抵抗しています。
高校生、大学生、社会人などで投球を繰り返すと、靱帯に小さな損傷が蓄積し、徐々に緩んだり部分断裂を起こしたりすることがあります。
一度の投球で突然断裂する場合もあります。
主な症状は、投球時の肘内側痛、球速の低下、コントロールの悪化、投球時の不安定感などです。
日常生活では痛みがなく、投球時だけ症状が現れることもあります。

屈筋・回内筋群の障害

肘の内側には、手首や指を曲げたり、手のひらを下へ向けるように前腕を回したりする筋肉が付着しています。
これらの筋肉を屈筋・回内筋群と呼びます。
投球時には内側側副靱帯を補助して肘を安定させる働きがあります。
繰り返す投球によって筋肉や腱に炎症、変性、部分損傷が起こると、肘の内側に痛みが現れます。
握る、手首を曲げる、前腕をひねる動作でも痛みが出やすい点が、内側側副靱帯損傷との鑑別に役立つことがあります。
ただし、両方を同時に損傷している場合もあります。

尺骨神経障害

尺骨神経は、肘の内側にある上腕骨内側上顆の後方を通っています。
投球時に繰り返し引き伸ばされたり、肘部管内で圧迫されたりすると、小指と環指の一部にしびれが現れることがあります。
肘を曲げたときに尺骨神経が骨の上を乗り越え、前方へずれる場合もあります。
症状が進行すると、指を開閉する、物をつまむ、ボールを握るといった動作がしにくくなります。
投球時の肘内側痛に小指・環指のしびれを伴う場合には、肘部管症候群や尺骨神経不安定症を確認します。

離断性骨軟骨炎(外側型野球肘)

離断性骨軟骨炎は、肘外側にある上腕骨小頭の骨と関節軟骨が傷む病気です。
成長期の野球選手にみられる外側型野球肘の代表的な疾患です。
初期には骨軟骨片が安定しており、投球を休止することで修復が期待できる場合があります。
進行すると、骨軟骨片に亀裂が入ったり、関節内へ剥がれ落ちたりします。
剥がれた骨軟骨片は関節内遊離体となり、肘の引っかかりやロッキングを起こします。
病変が進行してからでは保存療法による治癒が難しくなるため、早期発見が重要です。

肘頭障害・後方インピンジメント

投球動作の最後に肘を強く伸ばす動作を繰り返すと、肘の後方にある肘頭へ負担がかかります。
成長期では肘頭の成長軟骨障害、骨の成熟後には肘頭疲労骨折を起こすことがあります。
また、肘頭や上腕骨後方に骨棘が形成され、肘を伸ばした際に骨同士がぶつかる後方インピンジメントを生じることもあります。
肘を伸ばし切ったときの後方痛、投球後の腫れ、可動域制限などが現れます。

野球肘の原因・危険因子

投球量が多い

投球数や投球日数が増えるほど、肘の骨、軟骨、靱帯、腱が回復する時間が少なくなります。
試合での投球だけでなく、ブルペン、練習中の投球、キャッチボール、自主練習、別のチームでの活動を含めた総投球量を考える必要があります。

休養日が少ない

投球によって生じた小さな損傷は、休養中に修復されます。
連日の投球や大会の連戦によって十分な回復時間が確保できないと、損傷が蓄積します。

痛みを我慢して投げる

肘の痛みは、組織に負担がかかっているサインです。
痛み止めやテーピングで痛みをごまかし、投球を続けると、軽い障害が骨軟骨損傷や靱帯断裂へ進行する可能性があります。

投手と捕手の兼任

投手としての投球に加えて、捕手として返球を繰り返すと、実際の投球数が多くなります。
投手以外のポジションでも、試合や練習で多くの送球を行う場合には注意が必要です。

複数チームでの活動

学校、クラブチーム、選抜チーム、個人練習などで活動している場合、それぞれの指導者が総投球量を把握できていないことがあります。
選手、保護者、指導者が投球量や肘の状態を共有することが大切です。

疲労した状態での投球

筋肉が疲労すると、下半身や体幹、肩甲骨を十分に使えず、肘に負担が集中します。
フォームが崩れ始めたとき、球速やコントロールが低下したときは、投球を中止する判断が必要です。

投球フォームの問題

身体の開きが早い、肘が下がる、肩甲骨や体幹を十分に使えないなどのフォームでは、肘への負担が増えることがあります。
フォームだけが原因ではなく、投球量、疲労、成長、身体機能などを含めて評価します。

肩・股関節・体幹の柔軟性低下

投球は全身運動です。
肩関節、肩甲骨、胸椎、体幹、股関節、下肢の動きが不足すると、その分を腕だけで補い、肘への負担が増えることがあります。

身体の急速な成長

成長期には身長や骨の長さが急速に変化し、筋肉の柔軟性や身体の使い方が追いつかないことがあります。
以前と同じフォームや練習量でも、成長に伴って肘への負担が変化する可能性があります。

野球肘の主な症状

投球時・投球後の肘痛

最も多い症状は、ボールを投げたときや投球後に現れる肘の痛みです。
痛む場所によって、内側型、外側型、後方型などを考えます。
ただし、一か所だけでなく、内側と外側など複数の障害を同時に起こす場合があります。

翌日まで残る痛み

軽い筋肉疲労による痛みは休むと改善しますが、翌日も肘の痛みが残る、投球するたびに同じ場所が痛む場合には注意が必要です。

肘が伸びにくい・曲げにくい

関節内の炎症、骨軟骨障害、骨棘などによって、肘の可動域が狭くなることがあります。
左右の肘を伸ばしたときに、投球側だけ伸びきらない場合には、痛みが軽くても受診をおすすめします。

肘の腫れ

投球後に肘が腫れる、重く感じる場合があります。
関節内に液体がたまっている場合や、成長軟骨・骨・靱帯などが傷んでいる可能性があります。

引っかかり・ロッキング

肘を曲げ伸ばしした際に、引っかかり、クリック音、カクッとする感覚が現れることがあります。
関節内遊離体が挟まると、肘が急に動かなくなるロッキングを起こす場合があります。

球速・コントロールの低下

痛みをかばうことで、球速が落ちたり、コントロールが乱れたりすることがあります。
ウォーミングアップに時間がかかる、投球数が増えると腕が振れなくなるといった変化もみられます。

小指・環指のしびれ

尺骨神経が刺激されると、小指と環指の一部にしびれが現れます。
握力低下、指の開閉のしにくさ、ボールを握りにくいといった症状を伴う場合には、早めの評価が必要です。

投球時の突然の痛み・断裂音

一球を投げた瞬間に肘内側へ鋭い痛みが走り、音や裂けた感覚を伴う場合には、内側側副靱帯などの急性損傷が疑われます。
その後も投げ続けず、投球を中止してください。

痛みがない場合もある

外側型の離断性骨軟骨炎などでは、初期に痛みがないことがあります。
肘の伸びに左右差がある、過去に痛みを繰り返したことがある、野球肘検診で異常を指摘された場合には、現在痛くなくても詳しい検査が必要です。

野球肘の経過

野球肘の経過は、障害されている組織や進行度によって異なります。
軽度の筋肉・腱の障害や、初期の成長軟骨障害では、早めに投球を中止し、適切なリハビリテーションを行うことで改善が期待できます。
一方、痛みを我慢して投球を続けると、成長軟骨の分離、離断性骨軟骨炎の進行、内側側副靱帯の断裂、肘頭疲労骨折などにつながる可能性があります。
痛みがなくなったことだけでは、骨や軟骨、靱帯が十分に治癒したとは判断できません。
病変によってはX線、超音波、MRIなどで修復を確認してから、段階的に投球へ復帰する必要があります。

高輪ゲートウェイ駅前整形外科クリニックで行う検査

問診

競技歴、ポジション、投球量、痛みの場所などを詳しく確認します。
主に次のような点をお伺いします。
・年齢、学年
・野球を始めた年齢
・投手、捕手、野手などのポジション
・投手と捕手を兼任しているか
・週に何日練習しているか
・試合、練習、ブルペンを含めた投球量
・複数のチームに所属しているか
・いつから痛みがあるか
・投球中、投球後、翌日のどの時点で痛むか
・肘の内側、外側、後方のどこが痛むか
・肘の引っかかりやロッキングがあるか
・小指や環指にしびれがあるか
・球速やコントロールが低下していないか
・過去に同じ部位の痛みを繰り返していないか
・大会や試合に合わせて無理をしていないか
本人だけでなく、保護者や指導者から練習状況を確認することも重要です。

視診・触診

肘の腫れ、変形、左右差、筋肉の状態などを確認します。
肘の内側上顆、上腕骨小頭、肘頭、内側側副靱帯、屈筋・回内筋群、尺骨神経などを触診し、痛みの場所を確認します。
成長期では、骨や成長軟骨を直接押したときの痛みが重要な手がかりとなります。

関節可動域検査

左右の肘を比較し、曲げ伸ばしの角度を確認します。
肘が最後まで伸びるか、深く曲げられるか、手のひらを上・下へ向けられるかを評価します。
わずかな伸展制限が野球肘の初期所見となる場合があります。
痛みを我慢して無理に曲げ伸ばしは行いません。

靱帯・腱の検査

肘内側へ外反ストレスを加え、内側側副靱帯に痛みや不安定感がないかを確認します。
肘を動かしながら負荷を加える検査を行う場合もあります。
また、手首を曲げる、前腕を回内する動きに抵抗を加え、屈筋・回内筋群に痛みが出るかを確認します。
一つの徒手検査だけで診断せず、症状、年齢、圧痛、画像所見などを組み合わせて判断します。

神経学的検査

小指・環指のしびれがある場合には、尺骨神経を評価します。
肘の内側を軽くたたいたときに指先へしびれが響くか、肘を曲げた際に神経が骨の上を乗り越えないかを確認します。
小指・環指の感覚、指を開閉する力、つまむ力、手の筋肉の萎縮なども評価します。

肩・肩甲骨・体幹・下肢の評価

投球は肘だけの動作ではないため、肩関節、肩甲骨、胸椎、体幹、股関節、下肢の柔軟性や筋力も確認します。
肩の内旋制限、肩甲骨の動き、股関節の硬さなどがある場合には、肘への負担が増えている可能性があります。

X線検査

X線検査では、骨や成長軟骨の状態を確認します。
主に次のような所見を評価します。
・内側上顆の成長軟骨の開きや不整
・内側上顆の分離や骨片
・上腕骨小頭の骨・軟骨障害
・離断性骨軟骨炎
・関節内遊離体
・肘頭の成長軟骨障害や疲労骨折
・骨棘
・関節の変形
・そのほかの骨折
成長期では、骨の成長段階や左右差を確認するため、反対側の肘も撮影することがあります。
初期病変は通常のX線では分かりにくいことがあるため、症状や超音波所見によってはMRI検査などを追加します。

超音波検査

超音波検査では、骨表面、成長軟骨、靱帯、腱、尺骨神経などを確認できます。
主に次のような状態を評価します。
・内側上顆の成長軟骨や骨の不整
・内側側副靱帯の肥厚、緩み、損傷
・屈筋・回内筋群の腱障害
・上腕骨小頭の骨表面や軟骨の不整
・関節液の貯留
・尺骨神経の腫れや不安定性
・肘を動かした際の組織の状態
放射線被ばくがなく、左右を比較しながら動的に観察できる点が特徴です。
ただし、超音波検査だけで関節内部の病変全体や、骨軟骨片の安定性を完全に判断することはできません。
必要に応じてX線やMRIを組み合わせます。

MRI検査

MRI検査では、X線で分かりにくい骨・軟骨、成長軟骨、靱帯、腱などの状態を詳しく確認できます。
次のような場合に検討します。
・離断性骨軟骨炎が疑われる
・内側側副靱帯損傷が疑われる
・X線で異常がはっきりしない
・痛みや可動域制限が続いている
・骨軟骨片の安定性を評価する必要がある
・肘頭疲労骨折が疑われる
・保存療法で改善しない
・手術治療を検討している
内側側副靱帯の部分損傷などを詳しく調べるため、関節内へ造影剤を注入して撮影するMR関節造影を行うこともあります。
当院にはMRI装置は設置しておりません。
MRI検査が必要と判断した場合には、提携医療機関をご案内し、そちらで撮影を受けていただきます。

CT検査

CT検査では、骨片、関節内遊離体、骨欠損、骨棘、疲労骨折などを詳しく確認できます。
次のような場合に検討します。
・関節内遊離体が疑われる
・ロッキングがある
・骨片の位置や大きさを確認したい
・肘頭疲労骨折が疑われる
・手術方法を検討している
放射線被ばくを伴うため、年齢や必要性を考慮して適応を判断します。

野球肘に対する治療

野球肘の治療は、障害されている部位、進行度、年齢、骨の成長の程度などによって異なります。
基本となるのは、痛みの原因となっている投球負荷を止め、損傷した組織を回復させることです。
痛み止めやテーピングで痛みを隠して投球を続けることは、病変を進行させる可能性があります。

投球の休止

投球時に肘が痛む場合には、原則として投球を中止します。
試合での全力投球だけでなく、キャッチボール、遠投、ブルペン、ノックの送球なども肘へ負担をかけます。
「軽く投げれば大丈夫」とは限りません。
休止する範囲と期間は、障害されている組織や画像所見によって判断します。
特に、離断性骨軟骨炎、成長軟骨障害、疲労骨折などでは、痛みがなくなった後も画像上の修復を確認する必要があります。

投球以外の運動の調整

投球を休止していても、腕立て伏せ、倒立、ベンチプレス、重い物を持つ動作などで肘に負担がかかることがあります。
病変に応じて、肘へ体重や強い力がかかる運動を制限します。
下半身や体幹のトレーニングは、肘に負担をかけない範囲で継続できる場合があります。

薬物療法

痛みや炎症に対して、消炎鎮痛薬や外用薬などを使用することがあります。
薬物療法は痛みを軽減するための治療であり、傷ついた成長軟骨、骨、靱帯、関節軟骨を直接修復するものではありません。
痛み止めを使用して投球を続けることは避けてください。

一時的な固定・装具療法

痛みや炎症が強い場合、骨や靱帯の損傷がある場合には、シーネや装具で一時的に肘を保護することがあります。
長期間固定すると肘が固くなり、筋力も低下するため、病変の状態に応じて固定期間を判断します。

注射治療について

成長軟骨障害、離断性骨軟骨炎、疲労骨折などは、ステロイド注射によって治癒する病気ではありません。
注射で一時的に痛みを抑え、治癒していない状態で投球へ戻ると、病変が悪化する危険があります。
そのため、成長期の野球肘に対して、痛みを抑える目的だけで注射を繰り返すことはありません。
成人の屈筋・回内筋群障害などでは注射を検討する場合がありますが、内側側副靱帯や尺骨神経が近くを通るため、適応と注射部位を慎重に判断します。

体外衝撃波治療

保存療法を行っても痛みが長期間続いている場合には、体外衝撃波治療を検討することがあります。
体外から腱の付着部へ衝撃波を照射し、慢性的な痛みの軽減や組織の修復反応を促すことを目的とします。
副作用はほとんどなく、治療開始直後から痛みが軽減する方もおられ即効性がある事が特徴です。
効果には個人差があり、1回の治療ですべての症状が改善するとは限りません。
当院では、診察や超音波検査によって腱の状態を確認し、これまでの治療経過などを踏まえて適応を判断します。
体外衝撃波治療は、上腕骨外側上顆炎に対して保険適用外の自費診療となります。費用や治療回数については診察時にご説明します。治療中や治療後に、一時的な痛み、赤み、皮下出血などが現れることがあります。

体外衝撃波治療について詳しくはコチラ

PRP療法

骨の成長が終了した選手の内側側副靱帯部分損傷や、慢性的な腱障害に対して、PRP療法が検討されることがあります。
PRP療法は、患者さまご自身の血液から血小板を多く含む成分を抽出し、損傷部周囲へ注射する治療です。
すべての内側側副靱帯損傷に有効性が確立されているわけではなく、完全断裂や強い不安定性、骨の損傷を治す治療ではありません。
UCL損傷の場合、大リーグの投手は多くの選手がPRP療法を受けていますが、残念ながら50%の確率でトミージョン手術を受ける事になるという研究結果もあります。
成長期の成長軟骨障害や離断性骨軟骨炎に対する標準治療でもありません。
症状、年齢、画像所見、競技レベルなどを確認し、期待できる効果と限界をご説明したうえで適応を慎重に判断します。
PRP療法は保険適用外の自費診療です。

PRP療法について詳しくはコチラ

理学療法・リハビリテーション

野球肘では、肘を休ませるだけでなく、肘へ負担が集中した原因を確認することが重要です。
当院では、理学療法士が肘、肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢の状態や投球動作を評価し、一人ひとりに合わせたリハビリテーションを行います。
肘の可動域訓練
肘の痛みや腫れが落ち着いた後、痛みのない範囲で曲げ伸ばしを行います。
骨や軟骨が傷んでいる場合に、他人が強く押して肘を伸ばしたり、反動をつけたりすると病変を悪化させる可能性があります。
現在の病変に合わせて、必要な可動域を段階的に回復させます。
前腕の柔軟性改善
前腕の屈筋・回内筋群や伸筋群が硬い場合には、症状が強くならない範囲でストレッチを行います。
成長軟骨、靱帯、神経の障害がある場合には、一般的なストレッチが適さないこともあります。
しびれや肘の痛みが増える場合には中止します。
肩関節の可動域改善
肩関節、特に投球側の内旋などが制限されていると、投球時に肘へ負担が集中することがあります。
肩後方、胸部などの柔軟性を評価し、必要な運動を行います。
腱板・肩甲骨周囲の筋力訓練
腱板や肩甲骨周囲の筋肉を整え、投球時に肩を安定させます。
肩が十分に安定しない状態では、ボールを加速させる負担が肘へ集中することがあります。
体幹・股関節・下肢のトレーニング
投球では、下半身で生み出した力を体幹から上肢へ伝える必要があります。
股関節の柔軟性や下肢・体幹の筋力が不足している場合には、腕だけで投げる動作になりやすくなります。
投球を休止している期間も、肘に負担をかけない方法で下半身と体幹のトレーニングを行います。
神経滑走運動
尺骨神経症状がある場合には、神経を強く引き伸ばさない範囲で、神経滑走運動を行うことがあります。
運動中や運動後に小指・環指のしびれが増える場合には、方法や回数を調整します。
自己判断で神経を強く伸ばす運動を繰り返さないでください。
投球フォームの確認
病変が回復し、投球再開が許可された後にフォームを確認します。
主に次のような点を評価します。
・下半身から体幹へ力を伝えられているか
・身体の開きが早くないか
・投球側の肘が下がっていないか
・肩甲骨が適切に動いているか
・踏み込み脚で身体を支えられているか
・疲労後にフォームが崩れていないか
フォームだけを修正すれば治るわけではありませんが、再発予防には重要です。
段階的な投球復帰
投球復帰は、単に痛みがなくなったという理由だけでは開始しません。
病変に応じて、次のような点を確認します。
・日常生活で痛みがない
・肘に圧痛や腫れがない
・肘の可動域が回復している
・必要な筋力が回復している
・小指・環指のしびれがない
・画像上で骨や軟骨の修復が確認できる
・肩、肩甲骨、体幹、股関節の機能が整っている
・医師から投球再開の許可が出ている
投球は、短い距離、少ない回数、軽い強度から開始します。
最初から全力投球、遠投、変化球、連日の投球を行わず、距離、回数、強度を段階的に増やします。
投球中または翌日に痛み、腫れ、可動域低下が現れた場合には、投球を中止して再評価します。

手術治療・専門医療機関への紹介

野球肘の多くは保存療法から治療を始めますが、病変の種類や進行度によっては手術が必要です。
成長軟骨・骨片に対する手術
内側上顆の骨片が大きくずれている場合、骨が癒合しない場合、痛みや不安定性が残る場合には、骨片を固定する手術などが検討されます。
離断性骨軟骨炎に対する手術
次のような場合には手術を検討します。
・骨軟骨片が不安定である
・関節内遊離体がある
・ロッキングを繰り返している
・病変が大きい
・保存療法で修復しない
・可動域制限や痛みが続く
手術には、病変部に小さな穴を開けるドリリング、骨軟骨片の固定、遊離体摘出、骨軟骨移植、肋軟骨移植などがあります。
内側側副靱帯に対する手術
十分な保存療法を行っても投球時痛や不安定性が続き、競技復帰が困難な場合には、靱帯修復術または再建術を検討します。
損傷した靱帯を修復できる場合には縫合・修復し、修復が困難な場合には、身体のほかの腱を使用して靱帯を再建します。
内側側副靱帯再建術は、一般にトミー・ジョン手術として知られています。
手術後は長期間のリハビリテーションが必要であり、手術をすれば必ず以前以上の競技能力が得られるわけではありません。
肘頭疲労骨折・後方障害に対する手術
骨が癒合しない肘頭疲労骨折では、スクリューなどを用いた固定術や骨移植が検討されます。
後方の骨棘や遊離体によって痛みやロッキングがある場合には、関節鏡などで骨棘・遊離体を切除することがあります。
尺骨神経に対する手術
しびれ、筋力低下、筋萎縮などがあり、保存療法で改善しない場合には、肘部管開放術や尺骨神経前方移行術などを検討します。
手術を含めた専門的な治療が必要と判断した場合には、小児整形外科、スポーツ整形外科、肘関節・上肢を専門とする医療機関へご紹介します。

手術後のリハビリテーション

手術後の固定期間や復帰時期は、手術した組織によって異なります。
骨軟骨片の固定、骨軟骨移植、内側側副靱帯再建、疲労骨折の固定などでは、それぞれ骨・軟骨・靱帯が修復するための期間が必要です。
手術後は、医療機関の指示に従って、肘の可動域訓練、筋力訓練、全身トレーニング、段階的投球へ進みます。
自己判断で投球や腕立て伏せを再開すると、修復部を傷める可能性があります。
競技復帰は経過した期間だけではなく、画像所見、可動域、筋力、投球動作などを確認して判断します。

野球肘を予防するために

年齢に応じた投球制限を守る

年齢や競技団体ごとに定められた投球数、登板間隔、休養日に関する基準を守ります。
試合の投球数だけでなく、練習、ブルペン、キャッチボール、自主練習を含めた総投球量を管理することが重要です。

休養日を設ける

投球しない日を設け、肘や肩を回復させます。
大会が続く時期でも、痛みや疲労がある選手を無理に登板させないことが大切です。

投手・捕手の連続した兼任を避ける

投手として登板した直後に捕手を担当すると、返球を含めた投球量が増えます。
ポジションを調整し、肘を休ませる時間を確保します。

痛みを申告できる環境をつくる

「痛いと言うと試合に出られない」「チームに迷惑をかける」と感じ、症状を隠す選手もいます。
選手が痛みや違和感を伝えやすい環境を、保護者や指導者がつくることが重要です。

定期的に肘の動きを確認する

左右の肘を伸ばし、投球側だけ伸びにくくなっていないかを確認します。
肘の曲げ伸ばしに左右差がある場合や、過去に痛みを繰り返している場合には、現在痛みがなくても整形外科を受診してください。

全身の柔軟性と筋力を整える

肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢の柔軟性と筋力を維持します。
投球前には身体全体をウォーミングアップし、疲労した状態での投球を避けます。

投球しない期間をつくる

年間を通して投球を続けるのではなく、一定期間は投球を休み、ほかの運動や基礎体力づくりを行うことも大切です。

自宅でのセルフケア

投球時に肘が痛む場合には、まず投球を中止してください。
痛みを確かめるために何度も投げたり、痛み止めを使用して練習を続けたりしないでください。
日常生活では、次の点に注意します。
・キャッチボールや遠投を行わない
・痛みがある状態で素振りや投球動作を繰り返さない
・腕立て伏せや倒立を行わない
・重い物を痛い腕だけで持たない
・肘を無理に伸ばし切らない
・肘を強く揉まない
・ロッキング時に無理に動かさない
・主治医の許可なく投球を再開しない
運動後に痛みや熱感がある場合には、タオルで包んだ保冷剤などを短時間当てることで、症状が軽くなることがあります。
冷却は痛みを和らげる方法であり、損傷した骨、軟骨、靱帯を治す治療ではありません。
痛みが軽くなっても、繰り返す肘痛や可動域制限がある場合には受診してください。

野球肘でお悩みの方へ

次のような症状がある場合は、早めにご相談ください。
・投球時に肘が痛む
・投球後や翌日まで痛みが残る
・肘の内側、外側、後方を繰り返し痛がる
・肘が最後まで伸びない
・左右で肘の動きが違う
・投球後に肘が腫れる
・球速やコントロールが低下した
・ウォーミングアップに時間がかかる
・小指や環指にしびれがある
・過去にも同じ場所の痛みを繰り返している
・野球肘検診で異常を指摘された
特に、次のような症状がある場合には、骨軟骨障害、靱帯断裂、疲労骨折などが進行している可能性があります。
・肘が急に動かなくなる
・ロッキングを繰り返す
・一球を投げた瞬間に鋭い痛みや断裂音があった
・日常生活でも肘が痛む
・肘の可動域が徐々に悪くなっている
・しばらく休んでも痛みが改善しない
・投球を再開するとすぐに痛みが戻る
・指のしびれや筋力低下が続いている
転倒や衝突後から強い痛み、腫れ、変形がある場合には、骨折や脱臼の可能性があります。
手が冷たい、白い、青紫色になっている、指を動かせない、感覚がない場合には、神経・血管損傷の可能性があるため、速やかに医療機関を受診してください。
当院では、問診、身体検査、X線検査、超音波検査などにより、成長軟骨、骨・軟骨、靱帯、腱、尺骨神経の状態を評価します。
MRI検査、CT検査、神経伝導検査、手術を含めた専門的な治療が必要な場合には、提携医療機関や小児整形外科、スポーツ整形外科、肘関節・上肢を専門とする医療機関と連携して対応します。
投球休止中も、肩、肩甲骨、体幹、股関節、下肢のリハビリテーションを行い、肘に負担が集中しにくい身体づくりと段階的な競技復帰を支援します。
肘の痛みを我慢して投球を続けず、早めにご相談ください。

監修:高輪ゲートウェイ駅前整形外科クリニック 院長 松﨑 時夫